鈴本ヤンデレ研究所

ヤンデレ童話とかレビューとか

自分のことを理解してほしい病。

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自分は場の空気を悪くしてはいけないんだ、という強迫観念のようなものがあるのだと思います。

だから、シリアスな話をしているときでもその空気に耐えきれず、自らおどけて誤魔化してしまいます。相手が反応に困らないような立ち振る舞いを意識してしまうんです。

 

こんな性格なので人に相談をすること自体、苦手です。「悩みを聞いてもらうだけで少しは気が楽になるだろう」っていう俗説は、私の場合は当てはまらないと思います。
まず、前述したように、相談をしている私が相手に気を遣ってしまいます。また、相談したとしても、大抵の人は浅い答えを返してくると感じます。
私は普段から考え込んでしまう人間なので、自分がすでに思いついたことがあるような知見を答えとして返されることが多いのです。更に、一応相談に乗ってもらった身ですからどんなに身にならない回答が返ってきても相手に感謝しなければいけません。
だから、相談は苦手なのです。
 
また、自分は他人に理解してもらえない、という思い込みがあります。
実際、自分の嘘偽りない考えを言ったときに限って、よくわからないといった反応をされます。昔から変わった子だと言われますし、本当に少し変わったところのある人間なんだと思います。
たとえば、恋人には精神的に自分を支配してほしいという願望があります。自分のことを何でも理解してくれて、自分が喜ぶ言葉も傷つく言葉も大体わかっていて、それらを巧みに使うことで私の心を本当に支配してしまう。そんな恋人に愛されたいのです。
「優しくて、気遣いができて、浮気もしないし嫉妬もしない、でも自分のことだけ考えてくれて……」なんて、そんな人間が自分のことを好きだと言ったとしても、下心を疑ってしまうのです。
これはおそらく、一般的な考えではないと思います。歪んでいると言われてもおかしくはないでしょう。正直、自分でも仄暗い考えだと思います。ですが、それもまた自分の個性であり、受け入れられてもいい嗜好だとも思うのです。
ですが、周りの人の反応はそうはいきません。「DVがいいの?」と言われました。何も理解されてないな、と少し悲しくなりました。「やめておいた方がいいよ」とも言われました。そう主張するのであれば、私の価値観を根本からひっくり返すような、何か力強い言葉も添えてほしかったです。
 
思い出すと辛くなりました。
私は人とは少し違った考えをする人間なのだということを否が応でも意識してしまうからです。
どうしても、疎外感寂しさを抱いてしまいます。
 
確かに私は、普段から人の幸せな話を聞くのが好きで、相談とあらば雑にも、真剣にも答えられます。悪口以外であれば、相手の聞いてほしい話を嫌な顔せずに聞くのは得意です。それが長所だとも言われます。
でも、私の話は誰も聞いてくれない。理解してくれない。理解しようともしてくれない。
きっと聞く価値もない、くだらない話なんだ。いっそ私自身が、取るに足らないどうでもいい人間なんだ。
そんな思いが消えません。私は場の空気を乱しても許されるほどの人間ではないのだ、と思うと虚しい気持ちでいっぱいです。
 
周りが私に求めているのは、陽の部分だけで、陰の部分は別段必要でもないのかなと思います。
普通の人間であれば、陰の部分を見せてくれるのは仲が良い証拠だといって、有り難がられたりもするのですがね。私の場合は、そうはいかないみたいです。