鈴本ヤンデレ研究所

ヤンデレ童話とかレビューとか

10億のアレ。【レビュー】

 

『10億のアレ。』2巻まで読んできました。

電子コミック大賞を受賞した話題作。吉原を題材とした斬新な設定で、買おうか迷っている方も多いのではないでしょうか?

ヤンデレ作品ではありませんがレビューしていきますね。

 

【総評】

★☆☆☆☆

 

辛口コメントです。作品が好きな方にはおすすめできません。

 

 

 

吉原、花魁、遊郭、廓言葉。

実にアングラでほの暗く美しい、よい響きですね。

筆者は吉原が大好きです。

花魁。花魁道中を堂々と歩き、富と権力を持て余した男を『振る』ことすら許された、吉原の華である高級娼婦。

身請け。金持ちの男に見初められ、吉原を出て女としての幸せを手にする、遊女の一縷の希望。

その陰に隠れて二束三文で体を売る下級娼婦。今日を生き延びても明日に梅毒で命を落とすこともある、想像を絶する過酷な世界。

そんな世界が実在したなんて現代では信じられませんが、フィクションの世界なら話は別。

 

『もし、現代の日本に吉原があったら?』

 

そんな夢物語を叶えてくれたのが、今回レビューする『10億のアレ。〜吉原いちの花魁〜』です。

 

現代に『吉原』が復活――。現代版・吉原では、芸能界で華やかに活躍する人気女優が夜は遊女となり疑似恋愛と体を売る。そこへ一人の美少女・明日風が育ての親の借金を返済する為、吉原に売りに出される。明日風は吉原がどういう所なのか何も知らなかったが、偶然、遊女が男に体を売っている場面に遭遇。自分がここで男に消費されるのだと知り、逃げ出そうとするものの客の男につかまってしまい…!?

Amazon公式書籍ページhttps://amzn.asia/d/f3QlFzhより引用)

 

公式のあらすじからもう面白いですよね。

 

現吉原。

財界のお偉方が結集して、金と権力に物言わせ、反対運動や法律の問題を片っ端から押し切って、華やかな江戸の吉原を復活させました。(一体何に全力を出してるんだ)

 

主人公の明日風(源氏名:アザミ)は物語の冒頭から全裸でミラーボックスに入れられます。

育ての親の借金のカタと称して、何も知らずに売られたのです。

マジックミラーになっていて、鏡の向こうでは、現吉原で遊郭を運営しているお偉方が、明日風の商品価値を品定めしていました。

 

落札価格、なんと10億円

世紀の美少女で上玉(+処女)とはいえ、19歳の一般女性に10億円

ちょっと信じ難い金額です。

 

落札した『花扇』の社長はもちろん、アザミが未来の吉原のNo.1遊女──花魁になってくれることを期待しています。

社長は語ります。

 

「あの男嫌いの目に、財界の化け物達が食い付かないワケがない」

 

明日風は女子高生時代、男性教師に性的暴行未遂を受けたことで、男性恐怖症になりました。

『私に女を見る目が怖い』

ノローグでそう語るアザミは、それでも花魁になることができるのか──。

 

 

そんなお話です。

めっちゃ面白そうじゃありませんか?

 

ですが残念、期待はずれでした。

 

タイトルが完全に出オチです。
吉原や花魁が好きで買いましたが、夜の世界の妖艶さも薄汚さも、リアリティもありません。
わかりやすく期待はずれでした。

花魁候補だという主人公の言動に色気が全く感じられず、花魁の格に見えないし、男も女もやってることはただの風俗なので、遊郭作品としての見所がありません。

成人向け漫画としては内容が薄っぺらく、大衆向け漫画としてはテーマが過激で人を選ぶ。
どっちつかずで中途半端です。
大人にも学生にもおすすめできない。

 

 

……私もこんなことを言いたくなかった。

もっと純粋に現代日本で吉原の世界観を楽しみたかった……。

 

 

 

①アザミが10億の女と思えないほどしょーもない

 

花魁に必要な要素として、作中でも教養が挙げられます。

現代の一流のホストクラブの女性もそうですよね。各界の要人を相手取るのですから、経済や社会情勢、数学に至るまで、幅広い知識が求められます。

教養には品があることも含まれます。

顔がいいのは当たり前。容姿端麗で賢く、礼節やマナーがなっている『最高に美しい女性』だからこそ、一流の男性が、わざわざ高い金を払ってでも相手をしてほしがるのです。

 

アザミは品がなく、礼節やマナーもなっていない。

シンプルに非常識で性格が悪い。

 

遊女として正式にデビューするのアザミの信じ難い振る舞いは、枚挙にいとまがありません。

 

  • 店1番の太客であるイケメン若社長の糀谷(こうじや)に出会って数分で一目惚れ。他の男性を蔑ろにしたり浮かれてミスを連発したり、色恋で仕事に支障をきたす
  • 店のスタッフに奢ってもらった特上うな重おにぎりを素手で鷲掴みにして犬のようにガツガツと食う
  • 嫌よ嫌よも好きのうちが理解できず、理解するために「あなたセックスの時に嫌がる女の人に無理矢理迫るの好きですか?」と男性客にセクハラ質問を連発
  • (スタッフの三倉にも平気でこのセクハラ質問をする)
  • 太客のおじ様に肩を触られそうになっただけで体で避けて露骨に嫌がる。凍りついた空気を直そうともせずスタッフにフォローさせる
  • 先輩遊女、葵の座敷に急きょ派遣された際、大得意の中条様に「ウッザ……」と舌打ちして死ぬほど怒らせる
  • 翌日、葵の客につくことになった際、一目惚れした糀谷様の誘いに浮かれて仕事をサボって2人きりの会話を楽しむ

 

これだけでもう、

アザミ絶対遊女向いてないよね

としか思えません。

 

仕事でミスするのはまだしも、そのアフターケアは全て周りの人間が行っています。

大得意の中条様を死ぬほど怒らせて叱られた時は「インフルエンザにも困ったものですね」と平気で人手不足のせいにします。

 

ちょっと整理しますね。

 

  • 自分のミスをすぐ他人や環境のせいにする。
  • 上司に素直に謝罪せず、拗ねる。
  • お得意様に何度も無礼を働く。
  • 反省しない。
  • 好きな男のためなら平気で仕事をサボる。
  • そのくせ、なぜか上層部のお気に入りで、あなたより出世を期待されている。

 

ムカつく部下ですね。

本当に関わり合いたくないです。

 

花魁の最有力候補だそうですが、遊女以前に、人としてどうかと思います。

まともな両親の元で育って社会人になっていたとしても、この勤務態度じゃ即刻クビでしょう。

男性恐怖症のくせに惚れた男とのデートのためなら平気で仕事サボりますしね。ヤバいです。

 

にも関わらず、これらのエピソードのあいだあいだに、花扇の社長や重鎮、スタッフなど、様々な人間がアザミを持ち上げます。

 

「10億出した価値はあった」

「俺の目に狂いはなかった」

「10億でも安いくらいだ」

「本格的に化け出したな」

 

周りが持ち上げれば持ち上げるほど、アザミのしょーもなさが浮き彫りになります。

なんなら持ち上げてる側までしょーもなく見えてきます。

 

1番アザミ無いなとなったのは、1巻から2巻にかけての山吹花魁のエピソードです。

山吹(やまぶき)は現吉原の頂点に君臨する花魁です。現役女優の妖艶な美人。優雅で気品があり、床上手で男の扱い方もうまいという、まさに完璧な花魁

アザミの属する遊郭『花扇』の中でも、山吹花魁は別格です。

現吉原中の誰もが憧れる理想の花魁。

そんな山吹花魁の1番の太客が、アザミが(分不相応にも)恋焦がれている糀谷です

 

しかし、糀谷には裏の顔がありました。

厳しい母親にしつけられた糀谷は大の女嫌い。

金に物を言わせ、プライドの高い山吹花魁を足の下に敷くことを至上の喜びとする最低のゲス野郎だったのです。

 

アザミは、水揚げ(遊女が客に初めて抱かれ、正式に遊郭デビューすること)を糀谷にされることになります。

その床の最中、糀谷はゲスな本性を表し、

「アザミを傷モノにして無理やりにでも身請けして、一生自分のオモチャにする」

という鳥肌ものの宣言と共に、暴行未遂を受けます。

 

唯一、糀谷の本性を知っていた山吹花魁は必死に「アザミを糀谷に水揚げさせてはいけない」と訴えました。

訴えが通じ、男性スタッフの三倉が慌てて駆けつけた時。

アザミがクシで糀谷を返り討ちにし、顔をグーで殴り飛ばしていました。

 

ここまでは正当防衛でしょう。

問題なのはそのあとです。

 

糀谷がしつこく「アザミを身請けしたい」と、花扇の社長たちに訴えます。

アザミを身請けしてオモチャにするためなら、「20億出す」とまで言ったのです。

心が揺らぐ社長。この身請け交渉の場になぜか同席していたアザミは、糀谷にこう言ってのけます。

 

「いくら積まれてもあなたの元には行きません」

「20億ごとき、(身請けされずとも自力で稼ぐのは)朝飯前だって言ってるんです」

 

これだけならかっこいいセリフですね。

しかしアザミはこう続けます。

 

「母親への恨みの八つ当たりに、花魁や私をいたぶって満足しているかわいそうな人」

「あなたのやってることは弱いものいじめをする子どもと同じ

「たとえ私を身請けしたとしても、あなたが自身の弱さと向き合わない限り心は一生晴れない

「わかったら即刻吉原から出てってください

 

いやいや、何様なの?

明らかに言い過ぎだよね?

 

最低のゲス野郎だったとはいえ、仮にも今までお店に大金を落としてくださったVIPのお客様ですよ?

社長やら大人が揃ってる前で、どんだけ恥かかせたら気が済むんですか?

過去のトラウマ抉ってまで執拗に言葉の暴力で畳みかけて、人格否定して。

いじめてるのはあんたの方だろ。

 

身請けを丁重に断ればいいだけの話です。

糀谷の地雷を踏み抜き、神経を逆撫でする必要はどこにあるのでしょうか?

暴行未遂されたのを盾に正論でボコボコにして憂さ晴らししたようにしか見えません。

 

ちょっと言い過ぎた気がしなくもないですが。

アザミの暴挙のしわ寄せがすべて山吹花魁にくるのが、腹立たしい。

山吹花魁は、両親が次々に作る借金に加えて、スポーツ選手を目指す妹のために、大金が必要だったのです。

だからこそ糀谷の行いを今まで甘んじて受け入れていたというのに、助けてあげたアザミに1番の馴染みを奪われた挙げ句、妹へのスポンサーも打ち切られました。

 

山吹花魁がかわいそう。

彼女が1番の被害者ですよ。

 

新米以下のアザミはノーダメージで、今まで花魁として店に貢献し続け、努力を惜しまず頑張ってきた山吹花魁がこの仕打ち。

本当に胸糞悪い話でしかないです。

 

こんなしょーもない女が10億で買われた花魁候補。

山吹花魁との一件があった後も、周りから未来の花魁として期待され、丁重に扱われ、一切のお咎めなし。

設定に無理がありすぎます。

 

一体誰が、大金を払ってまで、こんな高慢ちきで口だけ達者な女と疑似恋愛を楽しみたいと思うのでしょうか。

加えて床上手どころか、第2の水揚げの相手客とのセックスまで夜通し拒否するような女です。

今のうちに遊女を辞めさせた方が絶対に店のためだと思います。

 

アザミは糀谷との一件があったあとは、男性スタッフの三倉に優しくされて、あっさり鞍替えします。

山吹花魁への無礼はちょっと反省したあとすっかり忘れ、アザミと三倉のラブストーリーが始まります。その前に山吹花魁への資金繰りを考えろよ。

 

アザミが終始こんな調子なので、吉原の疑似恋愛どころではありません。

主人公がウザい……

要所要所でそう感じてしまい、純粋に楽しめませんでした。

 

山吹花魁の話はどっか行って、2巻でアフターケアが語られることがなかったので、本当に可哀想だと思います。

花扇辞めた方がいいですよ、山吹花魁。

 

 

②世界観にリアリティの欠片もない

 

アザミの人間性に難があるのはお話した通りですが、話が続くにつれて、現吉原の設定にも無理が生じてきます

 

初めにお話した、

 

現吉原。

財界のお偉方が結集して、金と権力に物言わせ、反対運動や法律の問題を片っ端から押し切って、華やかな江戸の吉原を復活させました。

 

ここまでは冒頭できちんと提示されている以上、全く問題ないと思います。

フィクションなので、多少無茶な設定でも、面白ければ許容範囲です。

 

だんだん『多少無茶な設定』なんて可愛いものでは済まなくなってきます。

大分無理がある設定になる。

 

日本終わってるなレベルになります。

 

ストーリーはアザミと三倉という男性スタッフとの恋愛ものになっていくわけですが、

三倉の過去話を聞く度に「ん?」と首を傾げました。

 

三倉は過去に、片想いしていた汐織(しおり)という遊女を吉原から逃がそうとしました。

汐織が愛していた馴染み客に会いたいと言って泣いたからです。

クルーザーの荷物に汐織を紛れ込ませ、外での汐織の幸せを願います。

しかし数日後、汐織の番号でかかってきた電話で知らない男の声で告げられたのは、「汐織は死んだ」という報せでした。

電話の相手は、現吉原から逃げた遊女専門の『捜索隊』でした。

その後、吉原の捜索隊は三倉を拉致。吉原の本部に引き渡された三倉は、拷問と尋問を受けます。

捜索隊によると、汐織の馴染み客はすでに他の女と婚約しており、汐織はその結婚式を見届けた後に自殺

汐織には多額の借金が残っていました。

拷問されたものの運良く生き延びた三倉は、汐織の代わりに借金を返済するため、今も現吉原で働いているのでした。

ちなみに三倉は眼帯キャラなのですが、この時に右目を抉られたそうです。

 

現代日本じゃないですよね。

どこのマフィアの話ですか?

 

なんだこの無駄に物騒な設定は……少なくともヤクザは関わってますよね。

しかも、三倉と汐織のエピソードがあまりに陳腐

江戸時代の吉原でも足抜け=脱走を試みた遊女は厳しい罰を受け、殺されることもあるというのは有名な話。ちょっと吉原が好きな一般人なら誰でも思いつくか、どこかで聞いたことがある話です。

明らかに江戸時代の吉原のオマージュで、もはや現代日本である必要がありません。

 

大体、設定に無理がありすぎます。

 

多額の借金を抱えて逃げた遊女を専門に探す捜索隊がいる

→???

 

現吉原運営だけでも死ぬほど金がかかってそうなのに、そんな予算がどこにあるのでしょうか

多額の借金を抱えて逃げ出す女性がまともな暮らしをできるとは思えないので、普通に警察が保護すると思うのですが……警察が保護して吉原に送り届けた方が、治安的にもコスパ的にもよさそうです。

現吉原自体は国が再興させたそうですけど、さすがに血税を使ってこんな部隊を立ち上げられませんよね。

民間企業だとしたら、どこの企業が、なんの目的で、こんなグレーなことをやりたがるのでしょうか。捕まるリスクにリターンが見合っているとは思えない。

指定暴力団だとしたら、現吉原本部と捜索隊が繋がってるのって、かなりヤバくないですか……。

 

三倉は拉致され拷問、尋問。右目を抉られる

→怖いです。

 

たかが1人の風俗嬢を逃がした程度で拉致・拷問されるのが当たり前の世界なんてホラーです。

きらびやかな吉原の夢に浸れません。

拉致に拷問に暴力、やりたい放題ですね。現吉原には警察のメスは入らないのですか?

それすらも『お偉方が金と権力で黙らせる』んですか?金と権力にも限界と節度があるでしょうに……。

ヤクザが関わってるとしか思えないこんなヤバい場所に足しげく通う男たちの気が知れません。

いつ抗争に巻き込まれてもおかしくない、驚きの治安の悪さです。

 

漫画だから多少のファンタジーは許されるにしても、ここまで突っ込みどころ満載だと、作品に没入できません。

日本の真ん中に『現吉原』という異世界が生えてきたような凄まじい違和感。

仮にも現代版吉原を売りにしている作品なのですから、もっとリアリティを大事にしてほしかったです。

 

 

 

③ただの売春漫画で内容が不適切

書くか迷ったのですが、電子コミック大賞の受賞作ということであえて言います。

電子書籍で簡単に若い人が手にとれる作品として、あまりに時代錯誤で不適切な描写が多いと感じました。

  • 若い女性の人身売買、売春が合法な世界
  • 堂々とセックスの絵が大コマで描かれる
  • 現代版吉原と謳って、風俗街が華やかで素敵な場所として描かれている

ホストの売り掛けはご存知かと思います。

売り掛けとは、ホストの客が遊んだお金をツケにする=ホストに借金をすることです。

売り掛けで法外な借金を背負わされ、売春を余儀なくされる若い女性がたくさんいます。

キャバクラの執拗な客引きが問題視され、逮捕が相次いでいます。

2023年12月現在、風俗街に関する様々な問題が浮き彫りとなり、ニュースで社会問題になっています。

 

少なくとも、電子コミック大賞受賞!なんて堂々と未成年におすすめできる内容ではありません。

明らかに人を選ぶ作品であり、人によってはかなり不快になる題材です。

 

『10億のアレ。〜吉原いちの花魁〜』

 

いくら現代版吉原、花魁、10億の女という言葉でごまかしたところで、

現吉原は風俗街です。

花魁は風俗嬢です。

若い女性が10億もの借金で売春を強要されています。

 

本作はコミカルなギャグを交えつつ、重いテーマを暗くなりすぎず扱っている点は、かなり秀逸だと思います。

ですが、風俗というセンシティブな内容を取り扱っているという意識があまりに薄い。

 

筆者は本作の絵柄が大好きです。表紙も美麗で、思わず手に取ってしまいたくなる魅力があります。

だからこそ、何も知らない若い人が本作を手に取り、現吉原や花魁に憧れ、軽い気持ちで夜の世界に足を踏み入れる……

そんなことは、絶対にあってはならないと思います。

 

電子コミック大賞受賞!と、大々的に宣伝するのは明らかにやり過ぎです。

人気マンガ『明日、私は誰かのカノジョ』の影響で、ホス狂に憧れる女性が増えたという話もあります。

フィクション作品の影響力をメディアが舐めてはいけません。

 

 

 

 

総評:面白くない

  • 主人公のアザミが花魁の格ではない(応援したくなる性格でもない)
  • 世界観にリアリティがなさすぎる(世紀末並の治安の悪さが気になって没入できない)
  • ストーリーも僅か2巻でダレてきた(2巻終了時にアザミが水揚げ=正式な遊女デビューすらしていない)

1巻の糀谷編の勢いや、間に挟まる子気味いいギャグ、綺麗な絵柄は高評価でした。

ですが正直、遊郭作品としての見所はありません。

 

夜の世界を舐めてるとしか思えない小娘が、仕事で失態を繰り返しながら偉そうな口をきき、尻拭いを周りの人間にさせている間に他の男との色恋にうつつを抜かす。

あくまで『現吉原』という架空の世界であり、アザミが世紀の美少女であるという点を考慮しても、花魁になれる逸材とはとても思えません。

遊郭の客との疑似恋愛を楽しみたいのに、見せられるのは男性スタッフとの社内恋愛。

吉原という奇抜な設定がなければ、ただの質の悪いオフィスラブ作品です。オフィスラブや水商売系の漫画なら、他に良作が山のようにあります。

 

成人向け漫画としてはストーリーが薄っぺらく、大衆向け漫画としては内容が不適切。

どっちつかずで中途半端です。

青年漫画だそうですが、男性ウケする内容には感じませんでしたし、女性ウケも微妙すぎます。いったいどの層をターゲットにしているのだろう?と疑問です。

 

物語への期待値が高かったので残念です。

吉原や花魁が好きで、あらすじで面白そう!と期待した方にこそ、この漫画はおすすめできません。

ハッピーシュガーライフ(1)【ヤンデレビュー】


ハッピーシュガーライフ(1) (ガンガンコミックスJOKER)

ハッピーシュガーライフ(1) (ガンガンコミックスJOKER)

 

 

全体的な評価としては高い部類に入る作品でした。
質の悪いラノベや流行りそうな要素を詰め込んだだけの漫画のように表紙だけ良くて中身がペラペラということもなく、きちんとストーリーのある漫画だと言えます。
生粋のヤンデレクラスタだけでなく、ヤンデレに耐性のある幅広い層にお勧めできる良作です。これを機にヤンデレクラスタが増えたらいいなぁ。

 

さて、いつものように目的もなく本屋をブラブラしていたある日。平積みになっている本=売れ筋の作品ということで平積みの漫画の表紙を物色していると、未来日記の我妻由乃似の狂気的な美少女がこちらを見ているではありませんか。
すぐさま手に取りあらすじを確認。裏表紙の内容とは少し違いますが、大体はこんな感じでした。

松坂さとうには、好きな人がいます。
その人と触れ合うと、とても甘い気持ちになるのです。
きっとこれが「愛」なのね。彼女はそう思いました。
この想いを守るためなら、どんなことも許される。
騙しても犯しても奪っても殺してもいいと思うの。
『カミヨメ』『TARI TARI』の鍵空とみやきが描く、戦慄の純愛サイコホラー。

ガンガンジョーカー公式サイトより引用。http://www.jp.square-enix.com/magazine/joker/series/happysugarlife/

戦慄の純愛サイコホラー……!?ヤンデレクラスタにとって至高の響き。即購入を決めました。


 許されない恋、心から愛する人を監禁する。そのために邪魔な人間を処理。自らの手はいくらでも汚す。


こういう話が大好きなもので、『愛を守るためならどんなことでも許される』というフレーズに心惹かれました。帯で『賭ケグルイ』の作者である河本ほむら氏・尚村透氏が推薦していたのも大きかったですね。

 

さて、第1巻の中身はこんな感じでした。

 主人公の松坂さとうは、成績優秀で性格も優しいと評判の美少女です。高校生のさとうは、最近家に帰るのが楽しみで仕方ありません。何故なら、神戸しおというこれまた可愛らしいロリ……少女がお出迎えしてくれるからです。
 実はしおちゃんは、さとうが誘拐・軟禁している子供なのでした。さとうは愛してやまない彼女と二人暮らし中。純粋無垢なしおちゃんは、優しくて何でもできるさとうに懐いています。
 ちなみに今二人が暮らしているお家はある人間をさとうが殺して手に入れたものなのですが、そんなことは些末な事情。
 さとうは今の幸せな甘い生活を壊さないために、バイトや証拠隠滅に精を出すのでした。

 

良い点①:タイトルやモノローグのセンスが良い


ハッピーシュガーライフ』というタイトルは、さとうとしおちゃんの幸せで甘々な生活を表しています。ですがその実態は、独善的な理由で幼女を誘拐し、罪無き人を殺すことで手に入れた歪んだ幸せです。それでもさとうは、自らの胸に生まれた甘い想いこそ至高の幸せだと信じ、今の生活を守るためなら文字通り「どんなことでも」しようと決意しています。第1巻でも、主に2人ほどの大人を相手に上手く立ち回り、ハッピーシュガーライフを守ることに成功しています。
甘いだけではない、歪んだ幸せーーそんな意味が込められているように感じます。世間で言う幸せとは程遠いヤンデレ作品にあえてのこのタイトル。秀逸です。
また先ほど引用したあらすじのような、ポエム的なモノローグが随所に入ります。可愛らしい絵柄も相まって、まるで絵本を読んでいるかのような気分になります。ストーリーより雰囲気で漫画を読むタイプの人にも気に入ってもらえる要素があると言えます。

 

良い点②:さとうがテンプレ可愛い


ヤンデレ作品において大抵のヤンデレは優等生かつ美少女なので、テンプレートを遵守している点は高評価です。
また愛する人と一緒に暮らすためなら犯罪も厭わないその姿勢が非常にヤンデレらしくて読者(ヤンデレクラスタ)の心を掴みます。
あと元ビッt……誰とでも寝るような子だったという設定が個人的にツボです

 

良い点③:しおちゃんも非テンプレながら可愛い


ヤンデレのお相手は冴えない平凡な男子と相場が決まっています。しかしさとうはそんじょそこらのヤンデレとは違い、きちんと見る目があるようですね。純粋無垢で聞き分けのいい幼女を愛しています。
この点において、ヤンデレに耐性のある百合好きやロリコンの皆様にも推せる作品ですね。もちろん「推しのヤンデレちゃんは可愛いのになんでそんな男がいいんだ!!私の方が幸せにできるのに!!」と毎度血の涙を流している貴方にもお勧めです。

 

良い点④:美麗な絵柄


表紙買いしたものの中の絵が微妙ということもなく、一つ一つのコマが丁寧に可愛らしく描かれている点が良かったです。何よりキャラクターの病んだ表情が堪りませんね。ゾクゾクします。

 

以上の文章からお分かりいただけるかと思いますが、普通に良作です。1巻の時点では劇的な展開があるわけではありませんが、キャラクターも可愛いしストーリーもちゃんとしています。さとうの心情にも共感できる部分がいくつかあり、非倫理的な行動をしている主人公も心ある人間としてきちんと描かれています。

 

ですが、物足りない……どうにも物足りないんです!!
もっとさとうは病んでていいし、他のキャラクターも魅力的であるべきだと思うんです!!

 

……展開に物足りなさを感じるのは、この漫画が少年誌に掲載されているということが大きそうです。一般的に少女の方が少年よりも鬱展開に耐性があると言われており、実際に少女漫画ってえげつない展開のものが多いです。少年誌の王者と言える週刊少年ジャンプの理念が『友情・努力・勝利』であるのに対し、少女漫画はエログロイジメ泥沼の三角関係と何でもあり。下ネタだって下手したら少年漫画のそれよりひどいです。
以上からもわかるように、男性……特に少年は、ただただ胸が苦しくなり鬱々しい気分になるような暗いストーリーは避ける傾向にあります。よってハッピーシュガーライフも、暗い題材を扱っていながら気分はそれほど落ち込まないようなものにする必要があるのだと思います。
特にガンガンは、血なまぐさいバトルシーンや若干のお色気シーンはあるものの、大抵の作品が非常に健全なものです。それが、私含めヤンデレクラスタには物足りないのかもしれません。
少なくともヤンデレを描くための作品ではないと感じました。


どちらかというと、ちょっと狂った可愛い女の子&異常な両想いシチュエーションを雰囲気で手軽に楽しむ作品って感じです。ヤンデロイドタグ付きのボカロ曲で言えば『ロッテンガールグロテスクロマンス』というよりは『狐ノ嫁入リ』寄りの作品ですね。前者はヤンデレこそ至高!!な視聴者に刺さるのに対し、後者は鏡音リンクラスタや和風曲好きにも広く愛される楽曲です。

ロッテンガールグロテスクロマンス

狐ノ嫁入リ

 

クズの本懐(1)【レビュー】

 

 

 ※辛口コメントです。この作品が好きな方はご注意ください。

ヤンデレ作品ではありません

 

 

 

今回紹介する『クズの本懐』。ネットの広告やアニメ化などでよく耳にするタイトルということで、少し気になっていました。
ネット版1話を立ち読みして良さげだったのと、本屋であらすじを見て好みだったので購入。内容はこんな感じです。

安楽岡花火と粟屋麦は、学校の誰もが羨む評判の高校生カップル。 一緒に下校して、テストの点数を教え合い、他愛のない会話をし、物陰に隠れてキスをする。そんな甘酸っぱいカップルの日常を過ごす二人には、誰にも言えない秘密があった――。
恋ってそんなに美しいものですか…? 新鋭が描く、エロティック純愛ストーリー。

ビッグガンガン公式サイトより引用。http://www.jp.square-enix.com/magazine/biggangan/introduction/kuzu/)←このサイトで立ち読み1話が無料で読めます。

 

ふむふむ。切ない恋愛ものなのかな?と思いきや、カップルの『秘密』の内容がぶっ飛んでます。第1話で判明するので言っちゃいますが、花火(♀)も麦(♂)も互いのことなんか毛ほども好きじゃありません。周囲から羨まれる美男美女カップルを演じているだけ。
では何故付き合っているのか。それは、それぞれ別に片想いしている人がいて、相手をその人に重ねて手を繋いだりキスしたりするためです。本編からの引用ですが『互いが互いのかけがえのある恋人』なのですね。
ちなみに花火は近所に住んでいる国語教師(『お兄ちゃん』)に、麦は元家庭教師である音楽教師に片想いしている上、国語教師は音楽教師のことが好きです。彼らの恋が叶う見込みはほとんどありません。

……どうですか、この設定。
めちゃくちゃいいと思いませんか!?切なすぎる!

 

ヒロインである花火のモノローグに、
報われない恋 切ない恋 片想い それってそんなに美しい物ですか 私はそうは思わない
人を好きな気持ちなんて もっと切実でぐちゃぐちゃで 諦めようとしても諦めきれない そういうものだよ
というものがあります。

多くの恋愛漫画がそうであるように、物語における片想いは美しいものとして描かれることがほとんどです。しかし現実の片想いは大抵苦しい。相手の挙動に一喜一憂し、期待しては裏切られての繰り返しです。
片想い中の友人×3(演劇部の衣装担当)も『あたしはゆうれい』のサビを聴きながら「(私なんて)馬鹿です〜!!」と涙ながらにミシンを動かしておりました。

あたしはゆうれい あなたはしらない
涙の理由も その色さえも
それでもきっと 変わらずにずっと
あなたが好きよ 馬鹿みたいね

(『あたしはゆうれい』By米津玄師 http://sp.uta-net.com/search/kashi.php?TID=195154

叶わない想いを募らせている多くの方は、花火のモノローグに共感できるのではないでしょうか。そして、代わりの人間でもいいから寂しさを満たしたいという思いも。
花火と麦は容姿端麗・成績優秀で学校でも人気者ですが、彼らはけして幸せな人間ではないのです。こうした設定が、物語によりリアリティを与えています。

 

では、お待ちかねの本編といきましょう。これだけ素晴らしい設定が散りばめられているのですから、多彩な展開が期待できるはず。
 友人に花火達の関係がバレてしまうのかな?それが片想いの相手にも知られて気まずくなってしまうのかも。
 それとも花火が、ふとした瞬間に麦では先生の代わりにはならないと実感して、苦悩するのかな?付き合い続けても別れても悲しい未来しか見えません。
 もしくは途中で花火を好きになった麦に告白されて罪悪感を抱くのかな?いやいや、むしろ花火が麦に恋することになるのかもしれないですね。

特殊な設定の登場人物が主役になるタイプの物語では、その設定ならではの心情やストーリー展開が期待できますよね。実際私もそうでした。好きな人の代わりに好きでもない人間と付き合うということがどんなことなのか……切ないのか、心地よいのか、虚しいのか。そんなことを考えながら読み進めていました。

 

さて、肝心のストーリーはというと……何も起きません。
本当に、何も、起きないのです。
驚くほど事態が進展しません。少なくとも1巻時点では。
強いていうなら、花火のことを恋愛的な意味で好きな友人(♀)と、麦のことを好きな彼の幼なじみ(♀)が登場しただけです。あとは、なんで花火と麦がこの関係を始めたかっていう経緯が回想シーンと花火のモノローグを交えて紹介されて終わります。
……え、もう終わり?『互いが互いのかけがえのある恋人ですよ』っていうあらすじを超えるものがあったっけ?
これが正直な感想です。
読後に残るものが何一つありませんでした。
これなら設定だけ読んで自分で適当に展開を妄想する方がマシだとすら思いました。
帯以上のものはありません。本当に。

 

①面白い設定に対してストーリーが薄い。


これが普通のちょっと切ない恋愛漫画だったらまだ良かったのでしょうが、いかんせん設定が特殊かつ個人的に好みだったので、ストーリーへの期待値が高かったのがガッカリした原因の一つだと思います。
ノローグで花火の心情が描かれていることは描かれているのですが、描写不足感も否めません。回想シーンの花火は気まぐれとはいえ友人の麦にふざけて抱きついて寂しいと呟くし麦も花火を押し倒して「『お兄ちゃん』だと思ってみれば?」って自ら身代わりになることを申し出るし(花火曰く、多分その時互いが同じことを考えていた、だそうです)、花火は麦のことが好きな幼なじみ(♀)の胸ぐらを掴んで「人のモノにあんまり無許可でひっつかないでね」って言い放つし(花火曰く、独占欲ではなく『所有欲』だそうです)。
結局こいつらは何がしたいの?と何度も思いました。互いのことは好きでも何でもないんじゃなかったのかと。もう互いのこと好きになっちゃえば解決じゃないかとさえ思いました。片想いの相手に対する気持ちがとても本気とは思えません。

 

②キャラクターに共感できない。


花火の性格が悪い意味でクズで、麦のキャラは薄くて空気。キャラクターの心情が命となってくる恋愛ものにおいて、主人公達に愛着を持てない・共感できないというのはかなり痛いと思います。
花火については、男子からの告白の返事を一週間も待たせておいて(なんで私すぐに振らなかったんだろう、面倒くさいなぁ)と思いながら「ごめんなさい」と笑顔で一蹴。それだけならまだいいのですが、「一週間も待ったのに……期待するじゃん……」と泣きそうな相手を前にして、
興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものってないでしょう?
と無表情で言い放つ。いや思っても言う必要ある?
言葉は悪いですが、冷たくてクズな自分に酔っているとしか思えませんでした。本気なのであれば、彼女に人のしての良心はないのだと思います。
普通の人間であればそもそも告白されて待たせていることを忘れるなんて有り得ませんし、忘れてたとしても一週間も待たせたことへの申し訳なさだってあるはずです。なのにまるで自分が正しいとでも言うかのような逆ギレ発言。しかも悪役ではなく、読者に共感されるべき主人公の発言です。


更に、花火のことが好きな男子がその様子を見ていたのですが、彼の友人に「心優しいなぁ安楽岡さん……未練の残らないようあえてハッキリと……さすが俺のミューズ……♡」「フラれるのは嫌だけど俺もあの蔑んだ目で見下されたい……」と恍惚の表情で言っています。さすがにこれには友人からのツッコミが入りましたが、作中で誰も花火の行為を明確に悪であると指摘していない、むしろ正当であるかのように描写されている点に違和感しかないです。
倫理的に悪であることを、物語の中で否定されていない。主人公マンセーとでも言うべき展開に呆れました。

タイトルの「クズ」というのはあくまで、悪いことだとわかっているけど割り切れない身代わり恋愛行為についての言及だからこそ「クズだなぁ」と言いながらも愛せるわけであって、本物のクズなんて誰も好きになりません。こんな人間の恋なんて叶おうが叶うまいがどーでもいいし、むしろ叶うわけないよねって思います。

そもそも他人の恋愛感情を否定してコケにしておいて「お兄ちゃんへのけして叶わない恋……辛い……」なんて言ってても同情できません。そりゃ『お兄ちゃん』だってあなたみたいな性格悪い人選ばないよね、賢明な判断だよとしか。


そして読んでいる限り、モテモテの花火は告白されても毎回バッサリ振っているようなのですが、こんな振り方をしている人間が未だモテモテでかつ誰もが羨むカップルの女側というのがどう考えても納得できません。美人だからこそすぐに「顔だけの女、性格は最悪。麦は見る目がない」なんて噂が立ってもおかしくなさそうなのですが……この辺りの設定に無理があるように感じます。
花火を好きな友人(♀)や麦を好きで花火をライバル視する幼なじみ(♀)の存在も、花火がいかに価値ある少女かということを表すための道具にしか見えません。彼女達に人間としての魅力は特に感じませんでした。麦は優柔不断でよくわからない男という印象しかないです。

 


2巻以降は読んでいないので展開はわかりませんが、恐らく買わないと思います。
もっと花火が良い子で麦もかっこよくて彼らの心情に共感できる場面があって、かつ花火の異常な持ち上げがなければ、続きを買う気になっていたかもしれません。
何度でも言いますが、あらすじの内容はめちゃくちゃ好みでした。ですが、それ以上のものはありません。

 

 

 

王国ゲェム【ヤンデレビュー】

 
 
 
※1巻のネタバレが含まれています。
 
 
 
この本を買った理由は他でもありません。『危ノーマル系女子』に引き続き、表紙の女の子がヤンデレにしか見えなかったからです。
本屋で見かけた表紙に惹かれ、見本誌を立ち読みして、表紙の女の子がヤンデレであることを確信した後に買いました。
 
 
 
表紙の女の子=槙原紗香ちゃんは、成績優秀、容姿端麗な高嶺の花系ガールです。前回の『危ノーマル系女子』に引き続き、ヤンデレのテンプレを地でいくような素晴らしきかな女の子。
 
 
 
さて。
『王国ゲェム』というタイトルからも察しがつくように、主人公達が謎のゲームに参加させられるお話です。
高校生7人が巻き込まれたのは、支配と服従のデスゲーム
という帯のコピーからもわかるように、王様ゲームの命賭けたバージョンみたいなものですね。
 
あらすじ。主人公と紗香ちゃんを含む7人のクラスメイトが、ある日突然、「王国ゲーム」というゲームに巻き込まれてしまいます。ルールはこんな感じ。
 
晩0時に「王様(×1)」「貴族(×2)」「平民(×4)」が決定され、王様は貴族と平民に、貴族は平民に命令をすることができる(しなくてもいい)。命令された側は、命令する側の視界の範囲内にいる限り、不思議な力によって強制的に従わされる。
王様・貴族・平民が協力して一つの王国を為し、「領土」が一定以上になった王国には「神の手」という奇跡が与えられる。
 
ではこの「領土」「神の手」って何かというと……まだよくわかりません。続きに期待ですね。
とにかく、みんなで協力して自分の王国の領土を増やして奇跡を手に入れましょうって趣旨のゲームみたいです。王国は複数あって、2巻では他の王国とのバトルも展開されるらしいです。
 
 
 
とまあこんな感じなのですが、小難しいことは置いといて私が強調したいのは、
 
王様は貴族と平民に、貴族は平民に命令をすることができる。
 
という点、ただ一つです。
 
 
さてここで問題。
絶対服従の命令×ヤンデレ=???
 
 
……なんとなく展開を察していただけたでしょうか?
 
そうです。ゲーム開始二日目に女王となった紗香ちゃんが主人公に
「私のこと愛してるって言って!」
と命令するのです!!!
 
 
 
「私のこと愛してるって言って!」
と命令するのです!!!!!
 
 
 
絶対服従の命令×ヤンデレ。最っ高に萌えるじゃないですか。もうこの二つを組み合わせて物語を作ったという点だけで満点百点花丸パーフェクトを差し上げたいぐらいです。
 
だがしかし!!!紗香ちゃんの恋心は止まらないどころか危ない方向に加速します。
 
1.主人公に「私を愛して」って命令しちゃう。(でも人の心を動かす命令はできないルールだったようなのでがっかり)
2.なら体だけでもってことで主人公に「私を犯して(ハート)」的な命令をしちゃう
3.ゲームの参加者の一人である女の子がやってきても御構い無しにコトを進めようとしちゃう
4.主人公に「人にされたくないことはするな!」と言われ、(確かに他の参加者の男子に命令されて犯されるのも、主人公くんが他の女子にそういうコトさせられるのも嫌だな〜)ってことで、
私が女王になる前にみーんな殺しちゃえばいいんだ☆これで私と主人公くんだけの王国♪るんるん
的な思考に至っちゃう
 
 
 
ちょっとびっくりな展開ですね。メンヘラではなくヤンデレクラスタを自称する私としては首を傾げてしまいます。
 
 「みんなを殺して私と主人公くんだけの王国を作るの!」という思考は堪らなくドストライクで大好きなのですが、大事なのはその台詞単体ではなく、そこに至るまでのシチュエーションだと思うのです。
そのシチュエーションが、ヤンデレとしてはやや不十分だと感じました。
……ヤンデレとしては。
 
(別にこの子がヤンデレキャラとして動かされていないのであればこの項目どころか記事ごと無駄になっちゃう気がしますので、今回は紗香ちゃんがヤンデレという前提で話を進めます)
 
 
さて。彼女の思考だと、
・主人公くんが他の女とセックスするぐらいならそいつらを殺す
私が他の男とセックスするぐらいならそいつらを殺す
 
となりますよね。前者はわかりますが、後者は「ん?」って感じです。
 
主人公が言っている通り、人にされて嫌なことは自分もするべきではありません。人を呪わば穴二つ。人に嫌なことをするときは、自分も同じことをされる覚悟を持ってするべきです。でなければただの自己中です。
 
確かにヤンデレって自己中で独りよがりな面もありますが、それらの面は意中の人への愛という形で発露されるものです。
 
「好意に気付いてほしいから毎日100回電話しちゃう」
「他の女といるんじゃないかって心配だから毎日後をつけちゃう」
「好きな人の全てを知りたいから彼の自室に監視カメラを仕掛けて四六時中監視しちゃう」
 
行動だけ見ると本当にはた迷惑な行為なのですが、それらは全て愛する彼を想うが故なのです。だからこそヤンデレはただの自己中ではなく、可愛い萌え要素となり得るのです。
 
 
ということで、
「主人公くんが他の女とセックスするのが嫌だから、そうなる前に女を皆殺しにする」
っていうのはまだわかります。意中の人が他の女に寝取られるというのはヤンデレでなくても耐え難いことでしょう。ですので、そうなる前に他の女を殺す、という論理は理解できます。
 
ですが、
「私が他の男とセックスするのが嫌だから、そうなる前に男を皆殺しにする」
っていうのはわかりません。これは意中の人関係なく自分のための行動ですよね。それも、夜道でいきなり複数人の男に囲まれて今にも服を脱がされそうになったので持っていたナイフで皆殺しにした、というような正当防衛ではありません。
むしろ「私は主人公くんをレイプするけど、他の人間が私をレイプすることは許さない。だから男は全員殺す」という、かなり無茶な主張をしているわけです。
 
しかもまだ犯されていないどころか強姦未遂すらなく、彼らにその気があるかもわからない段階でこれはちょっと、他の男子が可哀想です。女子も然り。
 
 
こういう点を鑑みると、ヤンデレ的な萌えからは外れてるかなーって思いました。典型的なヤンデレを目指しているであろうキャラなだけに、ちょっと残念です。
あとこれはかなり個人的な意見ですが、ヤンデレなら「私の体が汚される危険があるので殺す」ではなく「体は汚れてしまったけれど、心はいつも主人公くんのものだよ(ハート)」ぐらい言ってほしいものです。
「みんなを殺して私と主人公くんだけの王国を作るの!」なんて素敵な台詞を言っちゃう系女子なのですから、もっと正統派なヤンデレでいてほしかったですね。
 
 
 
更に、この作品で残念な点がもう一つあります。
これはかなり大きなネタバレになるので、これから読もうと思っている方は注意してください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
いいですか?
心の準備は大丈夫ですか?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
なんで紗香ちゃん死んじゃうの(´;ω;`)?
 
 
 
王国ゲームにはもうひとつのルールがあり、平民達はそれを使って、女王となった紗香ちゃんを王の座から追放しました。
その結果、革命によって王が処刑されるように、紗香ちゃんは帰らぬ人となってしまったのです。
 
 
ストーリーとしては全く無理がなく、ご都合主義だとも感じませんでした。
しかし、しかしです。
この展開はちょっと、いや大分まずいんじゃないかって思いました。
唐突すぎて、これって本当に初めから作者がやりたかった展開なのかな?とすら疑ってしまいます。
 
 
というのも、紗香ちゃんは表紙を飾っています。表紙ですよ?普通マンガの1巻の表紙にいる女の子って、ヒロインじゃないですか。ヒロイン。そのマンガの看板娘。もちろん例外もありますが、少なくとも読者は表紙の女の子がヒロインであることを期待します。
物語におけるヒロインの一番の役割ってなんだと思いますか?ほとんどの場合、主人公と恋愛関係を育むことです。マンガやラノベだと特にこの傾向は強いです。
 
表紙の女の子がヤンデレっぽいってだけで「あ、ヤンデレなヒロインだ!これはきっとヤンデレなヒロインが平凡な主人公と愛を育むお話だな!買った!」となる読者が事実ここにいるぐらいです。
 
 
ヒロインだと期待された女の子が、1巻で死ぬ。
これがどういった意味を持つのか、関係者の方々には深く考えてほしかったなと思います。
 
 
熟考された上での判断だというのならきっと何かしらの意味があるのでしょう。しかしどうも、私にはそうは思えません。
初めはメインヒロインになる予定だった紗香ちゃんが、途中で降ろされたという印象を受けました。以下に理由を述べます。
 
第一に、前述した通り、紗香ちゃんが表紙を飾っています。1巻が全て描き終わる前に表紙イラストだけは出来ていた……とも考えられます。
 
次に、1話とそれ以外での紗香ちゃんの扱いが変わっています。1話の冒頭では紗香ちゃんが物語全体の導入を担当しています。また主人公が紗香ちゃんに言い寄られるとき、頬を赤くするなど、彼は満更でもない態度をとっています(私にはそう見えました)。
しかし1話以外では、むしろ紗香ちゃんの好意が迷惑なのだとする場面が増えてきます。紗香ちゃんが死んでしまったあとに、主人公が「実は彼女のことは苦手だった」と皆に告白するシーンもありました。
 
これらは、当初は紗香ちゃんが物語のヒロインになる予定だったけれど途中で変更された、という可能性があることを示唆しています。
 
 
この仮説が正しいとしたら、何故紗香ちゃんはヒロインから降ろされたのでしょうか。
理由は恐らく、ヤンデレという素材の扱いにくさにあるかと思います。
 
School Daysヤンデレな妹に愛されすぎて眠れないCD、ヤンデレ系のスマホアプリなどの展開を見ればわかるように、ヤンデレをメインに据えた物語は、大抵バッドエンドで終わります。
そうでなくとも、ヤンデレやそのお相手にとってはハッピーエンドでも、他人から見たら「それって本当に幸せなの?」と言いたくなるような展開が多いものです。「二人だけの世界で永遠に生きる」とか。「心中してあの世で永遠に一緒」とか。所謂メリーバッドエンドですね。
 
バッドエンドというのは扱いが難しくて、上手く決まれば読者の心に深く残る傑作となるのですが(ロミオとジュリエット舞姫など)失敗したら後味が悪いだけで終わります。
ヤンデレをヒロインにするだけで普通のハッピーエンドを迎えることが難しくなるという都合上、そうならなかった場合、作者は上手いバッドエンドを描くことを求められます
これが、ヤンデレが扱いにくい理由の一つ目です。
 
二つ目は、ストーリーのコントロールが難しくなることです。ヤンデレをメインヒロインにした場合、ストーリー展開がヤンデレの異常性に大きく引っ張られます
 
例を挙げます。本作がデスゲームを主軸にした作品なので、同じく極限状態の「無人島」に7人で流された話だとします。
もしメインヒロインが心優しい普通の女の子だとしたら、猛獣に襲われそうになるヒロインを主人公が助けたり、仲間が分裂しそうになるのをヒロインが仲裁したり、6人までしか乗れないイカダで主人公とヒロインのどちらかが島に残る選択をしたり……といったイベントが考えられます。王道かつドラマチックな展開を考えるのが容易ですね。
しかし、メインヒロインがヤンデレだった場合。ヤンデレというのは基本的に、自分の信念に従って自主的に行動します。猛獣に襲われそうになった主人公を逆に助けることもあれば、仲間が分裂しそうになっても主人公に被害がない限り無関心を貫くでしょう。最後に主人公かヒロインが島に残らなければならないとなれば、迷うことなく二人で心中するはずです。
迷いがないということは、葛藤がないということに繋がります。葛藤がないということは、物語の山を作りにくいということに繋がります。
 
よって、ドラマチックな展開を作りたいのであれば、主人公達が置かれた状況からイベントを考えるというのではなく、ヤンデレの性質に基づいてイベントを考える方が楽です。お腹が空いた主人公のためにヤンデレが仲間の一人を殺そうとするなど。
 
これが、ストーリーがヤンデレに引っ張られるという状況です。
言い換えると、ストーリーが常にヤンデレを中心に動くことになるのです。しかし同じ人間が同じ状況下で起こす行動のパターンは限られてきます。なので、物語が続くにつれて似たようなイベントが何度も起こるという自体になりやすい。だからヤンデレは扱いにくいのです。
 
 
メインヒロインをヤンデレにしたはいいものの、良いエンドが思いつかない。
それどころか、今後のストーリーが思いつかない。単調になりそうだ。
これからもずっとこのヤンデレを中心にした話を描いていくのは厳しそうだ。しかしヤンデレが主人公に執着するあまり仲間を皆殺しにしようとする、という展開は面白そう。ならばどうするべきか。
そうだ、殺してしまえば……
 
 
 
このような考えがあったのではないかと推測します。
 
我ながら引くほど深読みしてしまいましたが、直感的に「ヤンデレメインで描くのがめんどくさくなったのかな」と思ってしまいました。
(過去に何度もヤンデレをヒロインにした物語を書こうとして構想時点で挫折している身なので……今の私には童話の二次創作が精一杯です)
 
 
 
殺すという形で紗香ちゃんをメインヒロインから降ろしたのは、今後の展開を考えれば正解だったのかもしれません。
ですが、表紙と冒頭でヤンデレヒロインを期待していた読者にとっては、極端に言えば裏切りに近いと感じました。
 
どこかで聞いた言葉です。
読者の予想は裏切っても、期待は裏切るな
一度ヤンデレヒロインでいこうと決めたのであれば、最終巻までそれを貫き通してほしかったというのが本音です。
 
 
紗香ちゃんがいなくなってしまった今、2巻を買うかはわかりません。
ですが今後、彼女が霊的な(神的な)存在になって主人公達の前に現れるという展開があるかもしれないので、チェックはしておきたいところです。
 

 

人魚姫がヤンデレだったら【後編】

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 お城にやって来た人魚姫のことを、王子様は手厚く歓迎しました。彼は足の不自由な人魚姫を、妹のように可愛がりました。

 というのも、もうすぐお城でパーティーがあり、その余興の歌を人魚姫に任せたかったのです。彼女のように美しい容姿と声を兼ね備えている女性を、王子様は見たことがありませんでした。




 いつものように歌の練習をしていた人魚姫は、何気なく王子様に問いかけました。




「そういえば、いったい何をお祝いするパーティーなのですか?」

「ああ、君にはまだ言っていなかったかな。結婚を祝うパーティーだよ」




 そう言って穏やかに微笑む王子様に、人魚姫はおそるおそる尋ねました。誰が誰と結婚するのか、と。

 王子様はさらりと答えました。




「僕と、僕を助けてくれた女の人がだよ」






 いよいよ結婚式当日を迎えました。以前のように船の上で催された結婚記念のパーティーは、人魚姫の余興の成果もあり、おおいに盛り上がりました。しかし、歌を終えた人魚姫の表情は暗いものでした。




 客人と談笑している幸せそうな王子様を、人魚姫は手すりにもたれて眺めることしかできません。
 花嫁姿で幸せそうに笑う泥棒猫が、憎くて憎くてたまりませんでした。今すぐ海に落ちて人食い鮫にでも食われてしまえば良いのに、と思いました。
 

 
 そのとき、人魚姫のお姉さんたちが海面から顔を出しました。
 一番上のお姉さんは、人魚姫にナイフを差し出すと、こう言いました。
 

 
「このナイフは、魔女からもらってきたものよ。これで王子を刺して、その血を足に塗りなさい。そうしたらあなたは、また人魚に戻ることができる」
 
 

 人魚姫は黙ってナイフを受け取りました。
 
 

 夜になり、人魚姫は裸足で王子様の寝室に忍び込みました。靴音で気づかれないためです。もちろん、手にはあのナイフを持っています。
 無事に忍び込むことができた人魚姫は、迷うことなく王子様を揺り起こしました。起き上がった王子様は、傍らに人魚姫がいることに驚きました。しかし、彼女の手の中で光るものを見るやいなや、その顔はみるみるうちに青ざめていきます。
 愛らしく笑う人魚姫は、王子様にこうささやきます。
 
 

「どうしましょうか。ここで私と一緒に死ぬか、それともあの女を捨てて、私と結婚式を挙げるか」
 
 

 王子様は困惑した様子で、その意味するところを尋ねました。
 人魚姫ははっとすると、恥ずかしそうにうつむきます。
 
 

「そうでした。事情をお伝えするのを忘れておりました」
 

 
 そう呟いたあと、人魚姫は急に真剣な表情になりました。
 

 
「どうかお聞きください。私は今日、あなたを殺さなければ死んでしまう運命にあるのです。けれどあなたのいない世界で一人生きるなんて、できません。
 ですから、あなたを殺したあと、私も海に身を投げて死にます。そうすれば私たちは、天国で永遠に一緒に暮らせますからね」
 

 
 冗談みなど少しも感じさせないその言葉に、王子様は息を飲みました。人魚姫の言っていることが、全て本当のことであると確信したのです。
 
 

「でも、私だって、あなたの望まないことはしたくないのです」


 
 王子様は頷きました。確かに王子様は人魚姫を妹のように可愛がってきたけれど、だからといって一緒に死のうなどとは思えなかったのです。
 


「一つだけ。王子様を殺さないで、私も生きられる方法があります」
「本当か?」
「はい。それが、先ほど申し上げましたように、あなたと私が結婚式を挙げることなのです」
 


 王子様は頭が痛くなりました。
 


「実は私は、あなたと結ばれるために地上に生を受けたと言っても過言ではありません。だから、あなたと結婚式を挙げることができなければ、私は泡となって死んだものと同じです」
 


 人魚姫は悲痛な表情で続けます。


 
「ですから、あんな女との結婚など今すぐやめてください。あなただって本当は、望んでなんかないでしょう? 政略結婚というものですよね。そうでもなければ、あんな雌猫と結婚なんて……」
「彼女のことを悪く言うな!」
 


 人魚姫はびくり、と肩を震わせました。
 王子様はベッドから抜け出して、その脇に立ちました。握りこぶしをわなわなと震わせ、刃物のように鋭い目で人魚姫を見下ろしています。
 人魚姫は、嘘、と繰り返し呟きながら、虚ろな瞳で王子様の胸元に掴みかかりました。
 


「嘘、嘘、なんで……なんであんな女のこと庇うの!? そんなにあの女がいいの!? あのとき本当にあなたを救ったのは私なのに!!」
「あのとき……?」
「溺れていたあなたを抱きかかえながら泳いで、海岸まで運んだのは私! 目を覚ます直前までずっと隣にいたのも私! あんな泥棒猫じゃなくて、この私なのに!!」
 


 人魚姫の瞳から大粒の雫が落ちました。王子様のスカーフを掴んでいた手を離し、喉元を抑えながら苦しそうに呻きました。
 


「許さない、許さない、許さない」
 


 肩で息をする人魚姫は王子様を突き飛ばすと、走って部屋を出て行きました。
 王子様も慌ててその後を追います。廊下の突き当たりの、妻のいる部屋の扉を開けました。
 すると、人魚姫が彼女に馬乗りになって、ベッドの上でその首を締め上げているではありませんか。彼女は苦しそうに、人魚姫の体の下で、足をジタバタとさせています。
 王子様が夢中で駆け寄ろうとすると、人魚姫は彼女に向かってナイフを振り上げ、叫びました。
 


「来ないで!!」
 


 人魚姫はナイフを振り上げた体勢のまま、王子様を睨みつけます。
 


「選びなさいよ! 私と結婚するか! 私と天国で結ばれるか! ……どちらも選ばず、この女を見殺しにするか!」
 


 人魚姫の血走った瞳が、王子様を真っ正面から捉えます。王子様は、悪魔との契約を強いられているような気持ちになりました。
 と、そのとき。王子様の妻の足の動きが弱くなり、とうとう動かなくなってしまいました。かろうじて肺の動きは確認できますが、意識を失っていることは間違いなさそうです。
 王子様は、美しい少女の皮をかぶった悪魔に向かって、声を絞り出しました。
 


「わかった。僕の命を渡そう。その代わり、彼女だけは……」
「そう、なのね」
 


 マリオネットの糸が切れたようでした。彼女はナイフを持っている腕をだらんと下ろしました。もはや王子様の妻の首に当てていただけの手も、滑り落ちていきました。
 


「そんなにこの女がいいのね」
 


 抑揚のない声で呟くと、ふらりとゾンビのように立ち上がりました。かろうじてナイフを握りしめ、一歩、また一歩と、王子様に近づきます。
 王子様は妻のために、逃げようとはしませんでした。悪魔は俯いたまま、思い切りナイフを振りかぶります。王子様の胸元に深く刺さったナイフの柄を伝って、血の雫が流れ落ちました。
 人魚姫は勢いよくナイフを引き抜きました。ばしゃりと音を立てて、彼女の白いドレスに赤い飛沫が飛び散ります。彼女がナイフを床に落とすと同時に、王子様は倒れました。
 床にできた血だまりは少しずつ大きくなっていき、立ち尽くす人魚姫の足元にまで広がってきます。彼女は膝から崩れ落ちました。赤い絨毯の上に、ぺたんと座るようでした。



 しばらくしたあと、はっとして、血の染みたスカートをめくり上げて自身の足を見ました。全身から血の気が引いていきました。
 


「嘘でしょう?」


 
 足先からくるぶしにかけてが、一枚の魚のヒレの姿になっていました。内ももの辺りはぬめりけを帯びて、互いにくっ付き合おうとしています。
 人魚姫は、一番上のお姉さんの言葉を思い出しました。
 


ーーこれで王子を刺して、その血を足に塗りなさい。
ーーそうしたらあなたは、また人魚に戻ることができる。
 


「……いや、いやよ、人魚になんてなったら、私……」
 


 人魚の寿命は人間の三倍です。お姉さんの言葉が本当ならば、今となっては、魔女の呪いによって泡となって死ぬこともできません。
 


「待って……」
 


 人魚姫は這うようにして部屋を後にし、迷いなく海に飛び込みました。しかし両足の内側同士は、みるみるうちにくっついてゆきます。ウロコも足首から足の付け根に向かって生え揃ってゆき、気づいた頃には、元の人魚のヒレに戻っていました。
 彼女は焦点の定まらない瞳で、海の向こうの空を仰ぎます。しかし、月明かりもない夜なので、暗くて何も見えません。
 


 人魚に戻った人魚姫は、いつまでもいつまでも、くらげのようにその場を漂っていました。
 
 
 
 終わり

人魚姫がヤンデレだったら【前編】

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 深い海の奥底に、豪華なお城がありました。壁はサンゴ、窓はコハクで出来ています。
 王様には六人の美しい人魚の娘がいました。中でも末の姫は、ひときわ美しいと有名です。ただ、普通の人魚よりもほんの少し、しっと心が強いことで知られていました。



 人魚の世界では、十五歳になったら海の上の世界を見に行くことが許されています。今日は末の姫の誕生日。彼女は心をときめかせながら、海の上の世界を見に行きました。
 海面から顔を出すと、まず目に飛び込んできたのは、一隻の大きな船でした。甲板から中を覗いて見ると、たくさんの人間がパーティーをしている最中でした。
 普通の人間と比べてもほんの少しだけしっと心が強い人魚姫は、グラス片手に談笑している王子様に、恋をしてしまいました。



 人魚姫は、夜が更けるまでずっと、ずっとずっとずっとずっとずーっと、王子様のことだけを眺めていました。他の人間は、石ころに昆布の毛が生えた程度の存在にしか見えませんでした。
 会話の内容から、王子様の誕生日パーティーであることがわかりました。人魚姫は誕生日が同じであることに運命を感じました。他にも、王子様の名前と、年齢と、王子様が王子であるという事実と、お城の住所と、婚約者はいないという情報を手に入れました。残念なことに、電話番号とメールアドレスは知ることができませんでした。人魚姫は、海の魔女に頼んで彼の電話番号とメールアドレスを教えてもらおうと決意しました。



 と、そのとき。空模様が急に変わりました。突然の嵐です。船は為す術もなく横だおしになりました。
 考えるよりも先に体が動いた人魚姫は、海に落ちてしまった王子様を抱きかかえ、浜辺へと運びました。
 人魚姫は懸命に、王子様の名前を呼びます。しかし、反応はありません。彼女は夜が明けるまで、ずっと看病をしました。
 朝になり、王子様の容態が安定したのを確認すると、人魚姫は胸を撫で下ろしました。そして、乾いてしまった人魚の足ヒレを潤すために、海の中へと戻りました。
 人魚姫は海の中から、まだ眠っている王子様の様子を遠目に見張っていました。すると浜辺に、一人の娘がやって来ます。彼女は倒れている王子様を見て驚くと、すぐに人を呼びにいきました。
 娘が人を連れて戻ってくると、王子様が目を覚ましました。なんとか起き上がった王子様は、娘を見て微笑みました。



「ありがとう。僕を助けてくれて」



 心臓がずくり、と痛みました。娘は戸惑いながらも、はっきりと否定するようなことは言いません。王子様は「お礼がしたいから」と言うと、娘の手を取り、お城に連れて行きました。
 人魚姫はその様子を、呆然と眺めていることしかできませんでした。






 海に帰った人魚姫は、城にも帰らず、海の魔女が住んでいる洞窟に行きました。



「失礼します」



 サンゴの杖でるつぼの中身をかき回している魔女は、人魚姫の声を聞いてニヤリと笑いました。



「おやおや、妬きもちやきのお姫様じゃないかい。今度は何と引き換えに、誰の住所が欲しいんだい」
「……住所はいらないわ。それよりも、頼みたいことがあるの」
「ほう。電話番号かい? メールアドレスかい?」
「私を人間にしてほしいの」



 魔女は手を止め、おもむろに振り返りました。



「今度は人間の男かい。まあいい。人間の足をやることはできるが、代償は大きいぞ。今回ばかりは、お前さんの爪一本や二本じゃあ済まない」



 人魚姫の手には、一本足りとも爪が残っていませんでした。それがあったであろう場所には、赤黒い大きなかさぶたが出来ているだけです。
 彼女は黙って魔女の話に耳を傾けました。



「そうだねぇ、お前さんの声を貰おうか。その声は美しいと評判だからね」
「いや! それだけは絶対にいや!」



 人魚姫は魔女を睨みつけながら、王子様の言葉を思い出します。娘をお城に連れて行く途中、ぴたりと足を止め、「あれ、でも声が違うような」と呟いたのです。意識を失っている間に自分の名を呼んでくれていた声を、彼は覚えていたのでした。それでも王子様は「ごめんなさい。気のせいですよね」と歩き出してしまいましたが。



 人魚姫の真剣な眼差しを受けて、魔女は大きくかぶりを振りました。



「わかった、わかったよ。お前さんは頑固なことでも有名だからね。じゃあ、こうしよう。人間の足をやる代わりに、お前さんの『幸せな未来』を貰う」
「幸せな未来?」
「そうだ。幸せな未来を奪われたお前さんは、これから先、どんなに足掻いても幸せにはなれない。待ち受けているのは不幸な未来だけ。どうだい?」
「わかったわ」



 即答でした。驚く魔女を尻目に、人魚姫は思います。魔女が与える不幸など、このまま彼に会えない未来に比べたら安いものだと。



 こうして人魚姫は人間の足を手に入れました。魔法をかける前に言われた通り、足は歩くたびにガラスの破片を踏むように痛みます。ですが、人魚姫はそれを苦には思いませんでした。





 つづく

危ノーマル系女子(1)【レビュー】

 

危ノーマル系女子 1 (メテオCOMICS)

危ノーマル系女子 1 (メテオCOMICS)

 
 
 
※本編1巻のネタバレを含みますが、本編自体がほとんどキャラ紹介のような巻だったので、支障はないかと思われます。
 
 
 
 
 
この漫画を買った理由はただ一つ。
表紙の女の子がヤンデレにしか見えなかったからです。
 
 
 
清楚で可憐な優等生で周囲から一目置かれているが、実はかなり嫉妬深く、意中の人のためなら手段を選ばない性格である。
 
みたいなプロフィールを期待して買いました。ええ買いましたとも。
 
 
 
そして読んでみたのですが……堪りませんね。
 
 
この娘、主人公男子の部屋に何十個もの監視カメラを仕掛けて四六時中観察しちゃうほどの、超高校級のストーカーさんなのです。可愛い。
 
更に読み通りと言うべきか、学校ではマドンナ的存在で、男女問わず人気のある優等生系美少女みたいです。いいねいいね。
 
 
 
しかし、危ノーマル系女子は彼女だけではありません。
主人公の周りにはなぜか多くの危ノーマル系女子がおりまして、その数なんと6人。
 
順に説明していきましょう。
 
 
 
◯表紙のストーカーちゃん
 
◯「前世で自分は主人公を護っていた騎士だったのだ」と思い込んでいて、現世でも主人公を護るために常に付き従っている妄想電波ちゃん
 
◯気だるげで猫のようなヤンキー系少女、実は世を騒がせている連続殺人鬼の犯人な幼馴染ちゃん
 
◯表は真面目な委員長、裏は超ド級のマゾヒストで主人公に虐めてもらうのが大好きな変態ちゃん
 
(眠り姫と呼ばれる、睡眠時間が人より長い病気にかかっているロングスリーパーちゃん)
 
◯人間の血を吸うのが好きで、特に主人公の血が気に入っている吸血鬼ちゃん
 
◯主人公の妹
 
 
 
ロングスリーパーちゃんはデンジャラス要素0に感じたので危ノーマル系女子からは除外させていただくとして、
 
 
 
問題は主人公の妹です。
 
 
 
本物のヤンデレは妹の方でした。思わぬ収穫。なんてこったい。
 
 
 
いやあのですね、ストーカーちゃんの方も主人公が好きなのは多分そうなんでしょうが、意外と主人公への執着心が薄い。
 
件の監視カメラで主人公と妹のキスシーン(!!)を目撃しても動じず、あとで自分も主人公にキスを迫るという余裕っぷり。
更には「私だけを見て、なんてテンプレなメンヘラキャラみたいなことは言わないのよ。私は」みたいなことも言っちゃう。意外。
 
 
 
テンプレだろうがなんだろうが「なんで私だけを見てくれないの!?」と言ってお相手に縋り付くぐらいの女の子の方が私は好みなのですが、妹の方はまさにそんな感じ。
 
家の留守番電話に、主人公宛に他の女(マゾヒストちゃん)から「次はいつ会いましょう?」的な連絡が入っているのを聞こうものなら、もう大変。
 
空き巣どころか強盗が入ったんじゃないかってレベルでリビングを荒らしまくり、主人公が帰ってくるまで茫然自失の様子で佇んでいる。
そして帰ってきた主人公に「お兄ちゃんが他の女といるなんて嫌!!私だけのお兄ちゃんなのに!!!!」みたいな悲鳴を上げて号泣。
 
 
 
これはいいヤンデレです。妹ちゃんの将来に期待。
 
 
 
で興味深いのが、主人公の反応です。
他の危ノーマル系女子たちには(その要望を聞きながらも)結構冷たい態度をとり、彼女たちを「ロクデモナイ女」と呼んでいる主人公なのですが、妹に対してはとんでもなく優しい。
前述のような嫉妬心をぶつけられても、「いつ俺が他の女のものになったんだ。俺はずっとお前だけの兄貴だぞ」というような優しい言葉をかけてやり、妹が落ち着くまで抱きしめてあげています。
 
そして妹の登場シーンのモノローグでは「こいつはロクデモナイ女なんかじゃない。世界一可愛い妹さ」というようなコメントをするなど、まあ甘い。どう考えても危ノーマル系女子の一人に入る妹さんだと思うのですが……。
 
 
 
 
 
というように、可愛くて危ない女の子がたくさん出てくるお話です。
主人公の妹に限らず、考えようによってはたくさんのヤンデレが登場する漫画でもあります。
狂った美少女と聞いて胸がときめく方にはお勧めできる一冊なのではないかと思います。
 
 
ただ、現状(1巻)では単なる「キャラありき」な作品になっていて、ストーリーらしいストーリーが見受けられなかったのが気になりました。
今のところ、とりあえず変わった女の子をたくさん出しておけばそういうのが好きな人にはウケるだろう、みたいに捉えられかねないのが残念です。
 
まあこれは1巻で6人もの危ノーマル系女子を紹介しなければいけないという都合上、仕方のないことかもしれません。
ストーリーについては2巻以降に期待ですね。
 
 
 
(9/4)原作の内容に沿って一部記事を訂正しました。